偉大なるロックシンガーの死

2009.05.03


5月2日

忌野清志郎さんが、がん性リンパ管症で亡くなった。
まだ58歳という若さだった。
1979年・浅草ニューイヤーロックフェスバルでのRCサクセションの
ステージで、興奮してステージに上がって来た熱狂的女性ファンを
清志郎さんはいきなり抱きしめてキスをした。度肝を抜かれたけど
格好良かった。西武球場での80's JAMのエンディング・セッションで
RCサクセションの演奏で「雨上がりの夜空に」を清志郎さんと熱唱!
1982年春、カネボウのCMソングが決まり、大ヒット大スターへの道が
開かれたと浮かれていたら、資生堂の忌野清志郎&坂本龍一の
「い・け・な・い ルージュマジック」に一蹴された。
イベントなどで何度もRCサクセションの前座をやった。
清志郎さんが「ハウンドドッグのファンは○○(ご想像に任せます・・)
ばっかりだぜ」と言われ、一言も言い返せなかった。
RCのライヴには足繁く通った、いまでも“ようこそ”はロックンロール
ショーのオープニングナンバーとしては史上最高だと思う。
千葉のライヴを見に行ったら、アンコールでステージに引きずり出され
RCファンの冷たい視線にさらされた・・
1994年、「雲仙普賢岳を救え」というイベントでスーパーバンドを組んだ
俺のドラムで清志郎さんが歌ってくれた。その晩の打ち上げで清志郎
さんから「ハウンドドッグは俺の趣味じゃないけど、お前のことは少し
認めてやるぜ!」と言われ、何とも複雑な気分だった。

月日は流れ、清志郎さんががんで入院したとき、つたない文章で
激励のコメントを送った。そして、完治したはずだったのに・・
普段はシャイで照れ屋な人だった。
もう「スローバラード」も「トランジスタラジオ」も生では聞けなく
なってしまった。残念だ、信じられない気持ちと悔しい気持ちが交差
している。
でも、きっと清志郎さんのことだから、天国で「ドカドカうるさい
ロックンロールバンド」を作って、マイクを振り回して汗びっしょりで
唄っているに違いない!
偉大なるロックシンガーは“星”になった。
御冥福を祈ります。

メーデー・・メーデー・・

2009.05.02


5月1日

もう5月だぜ!早い、早すぎる、時の経つのは何と早いのだ。
思えば、中学1年の夏休みが人生で一番長く感じられたぜ。
なんでかって言うと「野球部の練習」
朝8時から日没まで延々外野の奥での球拾い・・膝に手を置いて
中腰のままで「さあ来い!さあ来い!」とひたすら声出し。
きつかったぜ、辛かったぜ・・

5月1日は昼過ぎには気温24℃、そのくせ湿度が低いので、これ以上
“さわやか”って言葉が似合う季節もないだろうなあ!ってことで
仕事が早く終わったから、夕方ジョギングへ、良いペース良い感じで
走っていると、右足のシューズがおかしい、かかとの底が擦れて
破れて空気が抜けていた。まただよ、これで三足目だぜ・・とほほ
ナイキ・エアーマックス360、またしてもかかとの空気抜け・・
気に入ってたんだけどなあ。
そうだ、パンクと同じだから、自転車屋さんに持って行って
修理してもらえないかなあ?
5月1日は労働者たちの祭典「メーデー」なんだけど、俺のジョギング
シューズはまさに「メーデー・・メーデー・・」だったぜ。

逆転サヨナラ・ホームラン

2009.04.26


4月25日

独走態勢に入りそうな巨人の最大のライバルは、やっぱり中日だ。
前回の3連戦3連勝も接戦につぐ接戦で3連敗してもおかしくなかった。
投手陣を中心にした守りがしっかりしているし、機動力もあり、
打線も爆発力もありしぶとい。
昨日の巨人・中日5回戦も巨人・高橋尚、中日チェンの両左腕エースの
息を呑むような投げ合い、終盤まで大接戦。
2-2の同点から、巨人自慢のセットアッパー陣が打ち込まれ、2-4で
最終回の攻撃へ。中日は絶対的守護神・岩瀬!もう終わったなと思い
ながら、それでもテレビにかじりついていた、ラミレス、谷の連打の
あと、なな何と、亀井が代打逆転3ラン・ホームラン!長い巨人の歴史
でも4人目の快挙。勝負は下駄を履くまで分からないとは、このことか
大興奮しちまったぜ!
しかし、こんな素晴らしい試合、しかも土曜の晩なのに、地上波の
中継がないなんて、ちょっと寂しすぎるぜ・・

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